あけましておめでとうございます

2018年が始まりました。

「1年の計は元旦にあり」と言いますが

私の元旦は

ディスクトップパソコンのマザーボードの電池交換でした。

 

そもそも、パソコンの時間表示がおかしくなって

何度直してもズレてしまう。

困ったのは、テレビの録画機能付きにパソコンだったので

予約録画が全滅。

年末年始って、一番予約録画の頻度が高くて

原因不明で改ざんされないのが困りもの。

で。調べたんです。元旦に。

長期間使っているパソコンって

内臓電池が切れていろいろ不具合が出るのを初めて知り。

恐る恐る裏のパネルを外して

ドキドキしながら完了しました。

今は何事のなかったように

すっかりスムーズです。

で。

「1年の計は元旦にあり」

とすると。

 

なんだか調子がおかしいな。。。

突然やってきて

日常に使用をきたしてしまう。

原因を調べると

私は長年使っている何かの

寿命が来たらしい、と知る。

これは、自分の想定外のこと。

それが、他に不具合を起こしているかも?

と可能性を感じ

普段は自分ではできないと思っていた作業を

結構ドッキドキで

なんとかやり切って

 

いつもの通りに戻ってよかった

これが今年の私の模様。

人は予測しないことが起こったとき

自分の想定範囲の中で判断して

結論をつけてしまいます。

今回のパソコンの時計の不具合は

そのうち治るだろう

と大して問題視していなかった、ということがそう。

こういうのをはたから見ると

楽観的

と言われたりしますが

この評価は

この不具合が簡単に治らなくて

結構困ったことになって

その原因(電池の寿命だった)を

知って治ってたから

楽観的 

と言われる。

そのうち治るだろう

と思ってるときは

楽観視になるなんて

想定していません。

ようするに

評価は その状況の瞬間をとらえて最終決定しているのではなく

事の流れを眺めてみて

始めてその状況すべてから

楽観的

というのです。

だから

その時々の瞬間はそれなりに出来ることをやってるわけで

(むろん、そうでない時もありますが)

瞬間瞬間すべてを

楽観的

と評するのは

ちょっと簡単にまとめすぎかも

と思います。

ココロって最終評価でまとまるものではなくて

過程 があるんです。

その過程=プロセス を

認識した上の

楽観的 との評価は

納得がいくものになると思います。

人って納得いかないと

手放せないし

許すことも

受け取ることも

与えることも

難しい生き物なんです。

 

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